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<   2005年 08月 ( 4 )   > この月の画像一覧

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1985年8月12日、日本航空123便ジャンボ機は524人を乗せて群馬県の山中に墜落しました。
単独機では史上最多の520人もの死者、隠蔽された事故原因などのおかげで記憶に残っている方も多いかと思います。
私なんて、この数日前にJALに乗って帰ってきたばかりだったから恐怖心も人一倍で、家の上空をおびただしい数のヘリコプターが飛んでいくのを、ただただ呆然と眺めてました。(・・;)ヒョエ~
墜落地点は御巣鷹山のすぐ南の高天原山(たかまがはらやま)にある道のない無名の尾根でした。
一番乗りで現場にたどり着いた人の話によると、夜仮眠中にあちこちから「腕がない~」とか「お母さん!」という声が聞こえて気が狂いそうだったとか。
公式的な事故原因は修理ミスとなっているようだけど、航空関係者は明らかに違うと言い切っていますね。
今度、日航機墜落事故のノンフィクションドラマがTBS、フジ系などで放送されます。
さて、その真実はいかに....

★コックピット内の緊迫したやりとりを聞いてみたい人はここをクリック
生存者の一人・落合由美さんの証言
日航123便(JA8119)御巣鷹山墜落事故の真実

*^-^* この事件を思い出した方はついでに愛のひとポチもお願いします。←ただ今急降下中!
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by lipxlap | 2005-08-12 14:52 | その他いろいろ
昨日、友人と映画館へ行きました。
初めの予定はファンタジーの「妖怪大戦争」。ところが、実際に買ったチケットはなぜか「亡国のイージス」........ ( ..)
実は最近、周囲にいる幸せボケの面々が生意気に中国や韓国の批判をするようになって、私としては少々困惑気味なんですよね。
だって、少し前まで「隣国の悪口を言ったらダメでしょ」と私を嗜めていた人たちですから。(いったい、どうなってんだか?)
「亡国のイージス」というのは防衛庁、海上自衛隊、航空自衛隊が本物のイージス艦とF2支援戦闘機で全面協力したというあの噂の映画です。
しかも敵は北朝鮮の工作員。←(おもいっきり将軍様を刺激してます)
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20世紀末に出された問いかけに、今、我々はどんな結論を出すのか?
今、この国の未来に不安を抱かぬ者は一人としていないだろう。未曾有の経済的発展を享受しながら、理想も持たず、国家としての責任能力も自覚せぬまま世界進出を遂げた日本。バブル崩壊が経済を袋小路へと迷い込ませたとき、そこに我々が誇るべきものは何ひとつとして残らなかった。そして、2001年9月11日以降、空虚な理想論など決して許されぬ現実を突きつけられ、我々が見つめることになった未来とはどんなものなのか?あるべき国家の理想とはどんなものだったのか?


ふ~ん結論ね・・・ エ、エーッ!結論なんかあったの?Σ(゚д゚lll)
国家への復讐ですか?
それとも自衛隊の無力さですか?
とりあえず難しいことはこっちに置いといて。
真田広之さん演じる仙石先任伍長さんがカッコ良くて、時間を気にせず鑑賞できたから、娯楽映画としてはマルでしょう。
国家的な危機に直面してるわりには緊迫感のない日本の総理が妙にリアルでハラハラ・ドキドキする映画でした。
落ちは・・・イマイチだったかな。
気に入った人は原作のほうも読んでね。(ハンカチの用意を忘れずに)
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by lipxlap | 2005-08-11 22:16 | 本日の一品

今年の新入社員像は?

夏休みの直前に10人ほどの新入社員が配属されました。景気の良かったころに比べると雀の涙ていどの人数。それでもピークは過ぎたのか、質は過去数年の中では一番高いような気がしました。
ただ相変わらず、個性の強い型破りなタイプはいなくて、職場に溶け込んだら最後、誰が新入社員か見分けるのは難しいだろうな・・・といったイメージが付きまといます。w
ところで、社会経済生産性本部「職業のあり方研究会」が毎年発表する新卒新入社員の特徴によると、今年のタイプは「発光ダイオード型」だそうです。
私の観察眼もまんざらではないでしょ!( ̄^ ̄)エヘン

2005年「発光ダイオード型」
「電流を通すと、きれいに光るが決して熱くならない」
「ちゃんと教えるといい仕事をするけど、冷めている。」


<過去の新入社員像一覧>
1973年「パンダ型」
おとなしく可愛いが、人になつかず世話が大変。
1974年「ムーミン型」
人畜無害でおとなしいが、大人か子供か得体知れず。
1975年「ジョナサン型」
群れから外れやすく上空からしらけた眼で見ている。一方でめざとい。
1976年「たいやきくん型」
頭から尾まで過保護のアンコがギッシリ。
1977年「人工芝型」
見た目きれいで根が生えず、夜のネオンでよみがえる。
1978年「カラオケ型」
伴奏ばかりで他と音程合わず。不景気な歌に素直。
1979年「お子さまランチ型」
何でも揃って綺麗だが、幼さ抜けず歯ごたえなし。
1980年「コインロッカー型」
小じんまりと画一的で、外見も反応もすべて同じ。
1981年「漢方薬型」
煎じ方悪ければ、効き目なく副作用生じる。
1982年「瞬間湯わかし器型」
式と旧式の二種類存在し、反応・熱意が正反対。
19863年「マージャンパイ型」
大きさと形同じで並べやすいが、中身はわからず。
1984年「コピー食品型」
外見のみ本物風で手間いらずだが、歯ごたえなく栄養も心配。
1985年「使い捨てカイロ型」
もまないと熱くならず、扱い方もむずかしい。
1986年「日替わり定食型」
期待したわりには変わり映えせず、同じ材料の繰り返し。
1987年「テレホンカード型」
一定方向に入れないと作動しないし、仕事が終わるとうるさい。
1988年「養殖ハマチ型」
過保護で栄養分高いが、魚らしくピチピチしていない。
1989年「液晶テレビ型」
反応早いが、値段高く色不鮮明。改良次第で可能性大。
1990年「タイヤチェーン型」
装着大変だが、装着の具合次第で安全・駆動力OK。
1991年「仕立て券付きワイシャツ型」
価格高く仕立てに時間かかり、生地によっては困難。
1992年「バーコード型」
読み取り機(上司)次第で、迅速・正確・詳細な処理可能。
1993年「もつなべ型」
一見得体知れずで厄介だが、煮ても焼いても食えそう。
1994年「浄水器型」
取り付け不十分だと臭くてまずいが、うまくいけば必需品。
1995年「4コママンガ型」
理解に時間がかからず傑作もある一方で市場にあふれているので安く調達できる。
1996年「床暖房型」
断熱材(評価)いれないと熱(やる気)が床下(社外)に逃げる。
1997年「ボディーシャンプー型」
泡立ち(適応性)よく、香り(個性)楽しめるが、肌(会社体質)に会わないこともある。石鹸(従来社員)以外に肌を慣らすことも必要。
1998年「再生紙型」
無理な漂白(社風押し付け)はダイオキシン出るが、脱墨技術(育成法)の向上次第で新タイプの紙(新入社員)として大いに市場価値あり。
1999年「形態安定シャツ型」
防縮性、耐摩耗性の生地(新人)多く、ソフト仕上げで、丸洗い(厳しい研修・指導)OK。但し型崩れ防止アイロン(注意・指示)必要。
2000年「栄養補助食品型」
ビタミンやミネラル(語学力やパソコン活用能力)を豊富に含み、企業の体力増強に役立ちそうだが、直射日光(叱責)に弱く、賞味期限(試用期間)内に効果(ヤル気)薄れることあり。
2001年「キシリトール・ガム型」種類は豊富、価格も手ごろ。清潔イメージで虫歯(不祥事)予防に効果ありそうで、味は大差ない。
2002年「ボディーピロー型(抱き枕)」
クッション性あり、等身大に近いので気分はいいが、上司・先輩が気ままに扱いすぎると、床に落ちたり(早期退職)、変形しやすいので、素材(新人の質)によっては、いろいろなメンテナンスが必要となる。
2003年「カメラ付きケータイ型」
その場で瞬時に情報を取り込み発信するセンスや処理能力を持ち、機能も豊富だが、経験や知識がなかなか蓄積されない。また、中高年者にとって使いこなしきれない側面もある。
2004年「ネットオークション型」
ネット上で取引が始まり、良いものには人気が殺到しさっさと売れる一方で、PR不足による売れ残りも多数。一方で、ブランド名やアピールに釣られて高値で落札したものの、入手後にアテが外れることもある。
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by lipxlap | 2005-08-07 15:23 | その他いろいろ

自分の中の原爆記念日

a0020212_10471545.jpg間違って消してしまいました。
コメントとTBしてくださった皆さん、ごめんなさい。m(__)m

この時期になると戦争に関するニュースや番組が多いですね。
特に今日は60年前に広島に原爆が落とされた日とあって、テレビ局や新聞社は前日からこぞって戦争の悲惨さを報道しています。
しかし今、私たちが求められている役割というのは唯一の被爆国として、世界中の核と向き合う姿勢です。
中国や北朝鮮に対して核の廃棄を堂々と求めることができるのは日本だけだということにいい加減、気づいて欲しいと思います。

あれは10年前の夏のこと・・・
私は九州を旅行していました。
そして、たまたま広島に原爆が投下された日に長崎の平和公園や原爆資料館などにも立ち寄ったのです。
その日は真夏の炎天下にも関わらず、全身に悪寒が走り、腕には鳥肌が立つなど、体にちょっとした異変を感じていました。
特におびただしい千羽ヅルを横目で見ながら原爆資料館へ入ったあたりからは手の平もピリピリしてきて、居てもたってもいられない気持ちになりました。
ああいった場所には怨念や悲しみというより、平和を訴える強烈で研ぎ澄まされたエネルギーが満ちているのかもしれません。
関心のある方は一度、訪問してみてはいかがでしょうか。

翌日は高速道路を福岡方面に向かって走っているとき、反対車線を天皇陛下の乗った車がゆっくり走り去って行くのを見ました。
天皇は11年前の会見で「私には記憶しなければならない日が四つはあります。それは終戦記念日、広島原爆の日、長崎原爆の日、沖縄戦終結の日です。」「戦禍の激しかった土地に思いを寄せていきたい」と自らの想いを語っています。
つまり戦後、50年の節目にあたり、長崎、広島、沖縄、東京へ慰霊だけを目的とした地方訪問を初めて実現された記念すべき年があの年だったようなのです。

それにしても、なぜ広島と長崎は投下場所に選ばれたのでしょうか。
いくら考えても私にはこれだっ!と思える理由が見つからないのですが。
まさか日本地図にダーツを投げて決めたわけではないですよね・・・ (^-^;)
あとアメリカによる広島・長崎への原爆投下がどうして「人道に対する罪」に問われないのか、そのへんもいまだに腑に落ちません。
ただ人種差別とソ連をけん制する為・・・だけでは釈然としないものがあります。

とりあえず、今日のところは犠牲になられた方々のご冥福をお祈りしましょう。
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by lipxlap | 2005-08-07 10:48 | その他いろいろ